カイラス

Jainaジャイナ教は小さな宗教である。20世紀初頭、マックス・ウェーバーは、「人口わずか0.5%のジャイナ教徒が、インドの富の50%を所有している」と書いている。今日では、0.4%のジャイナ教徒が、税金の24%を納めているという統計もある。
なぜジャイナ教徒が裕福なのか。その理由は戒律の厳しさにある。ジャイナ教の戒律は、不殺生、真理、盗むな、執着するな、貞節の5つ。中でも最も厳しく戒めるのが殺生である。あらゆる生命を大切にしなければならない。僧職者は、虫を吸い込むことを防ぐため口と鼻を白い布のマスクで覆う。手に毛バタキを持ち、裸足で、地面の虫や空中の昆虫を追い払って歩く。一般の信徒も同じでつましく、菜食を守る。また、日没から夜明けまでの飲食も禁止である。
戒律の厳しさは職業選択にも大きな影響を与える。地中に何がいるかわからない以上、農耕はできない。動き回る仕事は生き物を踏みつける可能性が高い。原材料や製品を輸送したり、工場を動かすのも生き物を傷つける危険を伴う。よってほとんどのジャイナ教徒は大都市に住み、金、宝石の売買や結婚式の装飾品を作る仕事についている。

2 thoughts on “カイラス

  1. shinichi Post author

    ムンバイ市内のジャイナ寺院。天井には中心から9惑星、12星座、ジャイナ教の歴代教祖(トゥリタンカール)と悟りへの道筋が描かれている。
    ジャイナ教は小さな宗教である。統計上はインドの人口の0.4% 、およそ450万人だが、インドの宗教の信者を厳密に分類するのは容易ではない。実際はジャイナ教徒は300万人から1200万人の間と推計されている。20世紀初頭、社会学者マックス・ウェーバーは、英領インドの統計資料を元に『インドの宗教』という著作を著した。その中で彼は「人口わずか0.5%のジャイナ教徒が、インドの富の50%を所有している」と書いている。今日では、0.4%のジャイナ教徒が、税金の24%を納めているという統計もある。

    確かに人口の少なさに比べ、寺院はよく目立つ。白大理石で造られた寺院が大都会のいたるところにある。参詣する人々は見るからに裕福そうだ。寺院の内部は金、宝石をふんだんに使った豪華な装飾で満ちている。寺院のあちこちに置かれた巨大な賽銭箱に、500ルピー(約1250円)紙幣の束が押し込まれる。ジャイナ教は金持ちの宗教なのだ。  

    厳格な不殺生の戒律がジャイナ教徒を最大の金融業者にした

    なぜジャイナ教徒が裕福なのか。その理由は戒律の厳しさにある。ジャイナ教の戒律は、不殺生、真理、盗むな、執着するな、貞節の5つ。中でも最も厳しく戒めるのが殺生である。あらゆる生命を大切にしなければならない。僧職者は、虫を吸い込むことを防ぐため口と鼻を白い布のマスクで覆う。手に毛バタキを持ち、裸足で、地面の虫や空中の昆虫を追い払って歩く。一般の信徒も同じでつましく、菜食を守る。ニンニクなど刺激の強い野菜や根菜類を食べてはいけない。また、日没から夜明けまでの飲食も禁止である。

    戒律の厳しさは職業選択にも大きな影響を与える。地中に何がいるかわからない以上、農耕はできない。動き回る仕事は生き物を踏みつける可能性が高い。原材料や製品を輸送したり、工場を動かすのも生き物を傷つける危険を伴う。だからじっと座ってできる仕事を選ぶ。究極のエコロジストともいえようか。

    よってほとんどのジャイナ教徒は大都市に住み、金、宝石の売買や結婚式の装飾品を作る仕事についている。ジャイナ教徒の仕事場にいると、ひっきりなしにいろいろな職種の人間がダイヤモンドを形に金を借りに来る。ダイヤモンドは小さく、利益率が高く、質草や融資の担保になる。ダイヤモンドはジャイナ教徒をインド最大の金融業者にすると同時に、彼らを新しい国際ビジネスの担い手にした。

    歴史的にジャイナ教徒はインド西部のグジャラート州に多く住んできた。第二次世界大戦の後、グジャラート州、スラートの町がダイヤモンド加工の世界的中心地として発展し始める。現在、ダイヤモンド12個のうち10個はインドで加工されている計算になる。これには代々宝石、特にダイヤモンド取引に経験豊富だったジャイナ教徒が大きく貢献している。

    国際ネットワークを築き、研磨ダイヤモンドの80%を売買する

    現代、ジャイナ教徒は国際的なネットワークを構築し、その先輩であるユダヤ教徒をダイヤモンド・ビジネスの世界から駆逐しつつある。世界中で取引される研磨ダイヤモンドの80%がジャイナ教徒の手を通じて売買されている。長くユダヤ教徒が独占してきたベルギーのアントワープのダイヤモンド・ビジネスは、いまではジャイナ・ビジネスになっている。世界の原石の90%、研磨済みダイヤモンドの半分が売られるアントワープでのシェアは、総売上260億ドルの65%を占める。

    1970年代、グジャラート州のパランプールを一族の故地とするジャイナ教徒がアントワープに定住し始めてから30年で、彼らはこの町をヨーロッパでインディアン・ベジタリアン料理がいちばん美味しい町に変えてしまった。一族をアメリカや香港、シンガポール、ドバイに送り、その瞬間に世界でいちばん利益が上がるマーケットを選んでダイヤモンドを売る。投機的なマネーゲームを嫌うのも彼らの特徴だ。常にダイヤモンドや金を介在させることで、富がバブルの泡と消えてしまう危険に備えている。宝飾品の売買を行うジャイナ教徒の家族。マイノリティーである彼らは家族の結束が堅く、教育熱心だ。女性の半数が読み書きできないインドで、ジャイナ教徒の女性は特に学歴が高い。

    マイノリティーであることを強く意識しているジャイナ教徒は、信者同士や家族血縁が堅い結束で結ばれている。他の宗教的マイノリティーと異なる点は、穏やかで他者との折り合いをつけるのに優れていることだ。「彼は大丈夫だ。ジャイナ教徒だから」と取引でも信用される。こうしたジャイナ教徒の顕著な美質も、その根底には戒律がある。

    では、ジャイナ教とはどのような宗教なのか。歴史は古く、紀元前2000年より前にさかのぼる。ジャイナの名はサンスクリット語の勝利から派生し、完全なる悟りに到達した者を意味する。ジャイナ教には歴代24人のジャイナがおり、トゥリタンカールと呼ばれる。二十四代が開祖とされるマハーヴィーラである。

    マハーヴィーラは現在のビハール州、クンダグラムに国王の2番目の王子として生まれた。30歳で出家し、12年の苦行の後に悟りを得る。以後、身にまったく衣服をまとわず、裸足で、彼は生涯教えを説いて歩く。紀元前524年、釈尊が般若経の教えを説いたといわれるラジグリハに近いパーヴァー村で、マハーヴィーラは断食によって入滅する。偉大な唯一者という名前が、悟ブッダりを得た者と同様に、歴史的に実在した人物の、本来の呼び名であったかどうかは明らかではない。ただ、マハーヴィーラ、仏陀はともに王家の出で、出身地や年代も、妻の名前や多くの近親者の名前も同じである。近年の研究では、2人は同一人物であったとする説が有力になっている。

    マハーヴィーラの死後数百年でジャイナ教は2派に分かれる。その一派、裸行派の僧侶は完全に裸だ。マハーヴィーラが悟りを得た後、裸体で生きたことによる。もう一派の白衣派は縫い目のない白衣を、最低限身を包むものとして纏う。

    アントワープのダイヤモンド市場を握るジャイナ教徒たちの故地、パランプールには、現在ジャイナ教徒はほとんど住んでいない。だが、彼らが寄進した莫大な資金で壮麗、巨大なジャイナ寺院群が造られている。千数百kmを裸足で、時に裸で、足から血を流してパランプールを目指すジャイナ教徒の巡礼に出会うと、その信仰の峻厳さに息を呑む。ジャイナ教徒は敬虔に戒律を守ることと引き替えに、世界でも希に見る巨富を築き上げた。

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